【ロンドン旅行記】3日間バンクシーを探し回った話と、フライトが飛ばなくてヒルトンに泊まった話
たった3日だったが、一番苦労した国だ。 想像とは全く違う国だった。逆と言っても問題ない。 この頃には英語は話せないが、聞き取れるようにはなっていた。それでも空港で「英語が話せないやつはUKに来るな」と女性に暴言を吐かれた。100カ国を旅した人もUK留学で色々あったと聞いていた。たった3日だから耐えられた。
入国審査から始まる洗礼
入国審査がとにかく厳しかった。 子供の頃に「地球が何回周った時!?」みたいなことを聞いてくる子供がいたが、入国審査からそれが始まった。細かく根掘り葉掘り聞かれた。「ここで落とされるか」と思うくらい張り詰めた空気だった。
ドミトリーでの洗礼
ドミトリーに向かうと「君の英語は何を言っているかわからない」から始まった。 英語が話せない上に発音まで問題にされるともうお手上げだ。ジェスチャーで粘り強くやっていると折れてくれた。 部屋に入ると全員黒人だった。色んな国の人と会ってきたが、こういう部屋は初めてだった。でも案外温かかった。人生を変えるために来ているのが、話さなくてもわかった。
3日間、バンクシーとOBEYを探し回った
ロンドンに来た本当の目的は観光ではなかった。 バンクシーとOBEYのアートを探し回ることだった。デザイナーとして、一度は本物を自分の目で見たかった。事前に情報を集めて、ここにあるはずという場所を片っ端から歩いた。 見つかったものもあった。もうないものもあった。 バンクシーの作品は消えていたり、上から塗りつぶされていたり、保護ガラスに覆われていたりする。それ自体がバンクシーらしいと思った。「ある」と思って行ったら「ない」。その不確かさが、街を歩かせる力になっている。 OBEYはロンドンの街のあちこちに残っていた。路地裏、シャッター、壁の隙間。探せば探すほど見つかる。これだけのアートが街に溶け込んでいる都市は、他にそうそうない。 気づいたら3日間でほとんどの時間をこれに使っていた。ビッグベン、アビーロード、ハリポタゆかりの地はさっと見ただけだ。後悔はしていない。
フライトが飛ばなくてヒルトンに泊まった
最終日の朝5〜6時、パリ行きのフライトが飛ばなかった。 日本なら次の便になるはずだが、チケットが破棄になるらしい。「え、どうするの」となっていた時、デモが起きていて空港の雰囲気が変わっていた。 隣にいたフランス人に「こっち来いよ」と言われてついて行くと、なんとホテルに泊まっていいという。しかもヒルトンホテルだ。食事も食い放題。 そんな格好いいところに行く予定はなかった。いい服も持っていなかった。 でも恥を忍んで湯船に浸かり、10kg落ちた体重を戻すかのようにあるだけ食べた。 UKの最後がヒルトンのビュッフェになるとは思っていなかった。 そんじゃーね。