【パニック障害を克服して海外へ】電車移動の不安を解消した「旅のきっかけ」と克服方法

【パニック障害を克服して海外へ】電車移動の不安を解消した「旅のきっかけ」と克服方法

パニック障害の克服。それは、電車での一人旅という、今思えばかなりの「荒療治」によるものでした。

もちろん、旅の最中に具合が悪くなることもありました。けれど、不思議なことに「一日経てば、なんとなく回復している」という小さな成功体験を、何度も、何度も積み重ねることができたのです。

日本一周という継続の中で、そのサイクルを繰り返す。 そうするうちに、いつの間にか、あんなに鋭かった恐怖が少しずつ日常の景色に溶けていくような感覚がありました。

後になって手にした本に、自分が無意識に実践していたこととほぼ同じアプローチが記されているのを見つけました。だからこそ、私のこの経験を単なる“自己流の無茶”としてではなく、整理された一つの実例として、冷静に受け取ってもらえたらと願っています。

なお、この試みは常に医師と相談しながら進めました。担当医が「危なくなったらすぐ戻っておいで。でも、まずは色々やってみなさい」と背中を押してくれる方だったことは、私にとって何よりの救いでした。

これは決して、誰にでも効く万能な方法ではありません。 けれど、今まさに暗闇の中にいる誰かにとって、何らかの判断材料や、小さな光になれば幸いです。

閉じこもっていた「狭い世界」から、一歩外へ

一年ほど服薬を続けましたが、体調は一向に優れず、外に出ればさらに具合が悪くなる。そんな悪循環の中で、足踏みばかりしている自分に焦りを感じていました。

もどかしさが限界を超えたとき、「どうせ何もできないのなら、せめて心の底からやりたかったことに向き合おう」と決めたのです。

薬を手放し、子どもの頃の純粋な憧れを紙に書き出してみました。 そこで再会したのは、羅針盤を片手に世界を放浪する旅人への憧憬。心の奥底に眠っていた、大切な感覚でした。

目標は、世界一周。

――と言いたいところですが、当時の私は船どころか、電車に乗ることすらままならない状態。 だから、まずは電車から。それが当時の私に残された、唯一の道でした。 理想と現実のあまりの乖離(かいり)に、震えるほどのもどかしさを感じていたのを、今でも鮮明に覚えています。

日本一周の第一歩「丸一日、電車に乗ること」…そして「二つの処方箋」

日本一周の旅で、私がまず課したハードル。それは「丸一日、電車に乗り続けること」でした。

最初は一駅、また一駅と、指折り数えるように区切りながら。けれど、地方へ向かうにつれて車内の喧騒は遠のき、気づけば終点の博多まで、椅子に身を委ねられるようになっていました。

その道中で見つけ出した、自分なりの処方箋は驚くほどシンプルです。

「ひたすら眠ること」

「飴をなめ続けること」

たったこれだけのこと。でも、当時の私にはこれが命綱でした。

「眠り」という名の逃避と休息

とにかく、寝る。眠りに落ちてしまえば、意識は恐怖から解放されるからです。 それまで不眠に悩まされていた反動か、揺れる車内では驚くほど深く眠ることができました。

旅の拠点をホテルにしていたことも幸いしました。チェックアウトの時間が強制的な「生活の区切り」となり、乱れきっていた生活リズムが、旅の行程と共に少しずつ整っていったのです。

何より、一人旅という環境が私には合っていました。誰にも気を遣わず、自分の体調だけに正直でいられる。その「孤独な自由」が、壊れかけていた心を繋ぎ止めてくれました。

非常時の守護神、それは「飴」

飴は、私にとってパニックが襲ってきた時の最終手段でした。特に、喉が締め付けられるような違和感(ヒステリー球のような感覚)が出た時、飴を転がすとスッと楽になったのです。

「非常時」と書きましたが、最初の頃の私にとっては、まさに**「非常時が常時」**。常に口の中に飴があることで、ようやく自分を保っていられる状態でした。

ちなみに、ガムは逆効果でした。顎を絶えず動かすこと自体が、かえって症状を煽るような感覚があったからです。その点、喉飴は喉の通りをスムーズにしてくれる感覚があり、非常に有効でした。

ただ、ひとつだけ、経験者として切実なアドバイスを。 「虫歯には、くれぐれも気をつけてください」。これは本当に、笑えない注意点です。

なぜ、あの方法で良かったのか。その根拠がここにありました

実は、私が旅の中で無意識に行っていたことは、ある一冊の本に記されていた内容と驚くほど重なっていました。

旅を終え、世界を半周した後のこと。コロナ禍で図らずも時間ができ、改めてパニック障害に向き合おうと手に取った本の中に、「あ、これは自分があの時やっていたことだ」という答え合わせのような瞬間があったのです。

もちろん、私が旅を通じて実践したことは、その本に網羅されている膨大な知見やメソッドの、ほんの一部に過ぎません。ページをめくるたびに、もっと早く知っていれば救われたかもしれない事例や考え方が、いくつも紹介されていました。

だからこそ、「私のやり方が正解です」とは言いません。 心の回復のプロセスは、指紋のように人それぞれ違うはずだからです。

私の主観でこの手法を解釈しすぎることは避けたいと思います。ですが、今まさに暗闇の中で足踏みをしている人、出口が見えずに行き詰まっている人には、ぜひ一度ページをめくってみてほしい。そんな一冊です。

\ オススメの本 /

痛みを抱え、それでも前を向く結び

最後に。

パニック障害を経験して良かったことなんて、正直、何ひとつありませんでした。 「パニック」という言葉の響きだけで軽く扱われたり、周囲の理解が得られなかったり。そもそも同じ経験をした人が少なく、どれほど言葉を尽くしても、この底知れない感覚が伝わらないもどかしさ。

医師だって万能ではありません。結局のところ、たった一人で暗闇を抱え、耐え忍ぶ時間はあまりにも長すぎました。

あえて、この数年間に無理やり意味を見つけるとするなら。それは「嫌でも自分自身と向き合わざるを得なかったこと」かもしれません。

自分は、どうしたかったのか。

自分は、何をしたかったのか。

本当は、心の底から何をやりたかったのか。

出口の見えない日々の中で、私は何度も自分に問いかけました。 パニック障害という荒々しい経験を通じて、「仕事ばかりに追われず、本当にやりたいことをやれ」と、無理やり背中を押されたような……。

今振り返れば、そんな時間だったのかもしれません。 「人生の風邪」なんてよく言ったものですが、確かにそうだったのかも、と。 ……いや、今だからこそ、ようやくそう思えるだけなのですが。

そんじゃーね。

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